
認知症グループホームへの就職や親の入居を考えるとき、「少人数で家庭的な施設なら、穏やかに過ごせるのではないか」と思うかもしれません。しかし、複数の利用者が同じ生活空間で暮らす現場には、理念や見学だけでは見えにくい厳しさがあります。
また、「認知症になっても、その人らしさは消えない」と語られることがありますが、認知症グループホームで働く介護職として、私はそう言い切ることができません。長年の習慣や気質が残り続ける人がいる一方で、その人らしさが消えてしまったとしか感じられない人もいるからです。
たった一人の利用者のために現場全体が振り回されることは、実際にあります。介護職もイライラし、腹が立つこともある「モンスター」「頓珍漢」としか表現できない利用者の実情を、利用者や職員個人だけの問題にせず、共同生活の難しさや職員体制まで含めて考える必要があります。
●この記事でわかること
- 認知症グループホームで、たった一人の利用者に現場全体が振り回される理由
- 「その人らしさ」が残る人と、消えてしまった人がいる現実
- 「モンスター」「頓珍漢」という言葉を使わざるを得ない状況
- 介護職のイライラや怒りを、職員個人の問題だけにできない理由
- 就職先や入居先を選ぶ前に確認したい研修、相談、夜勤などの職員体制
この記事では、介護職が実際に直面している厳しさを隠さずに伝えるため、あえて強い言葉も使います。介護職を目指す人や親の入居先を探している家族が、「アットホーム」という言葉の奥にある現場と、施設を選ぶ際に確かめたい点を知る手がかりとしてお読みください。
認知症グループホームは少人数で暮らす共同生活の場

認知症グループホームは、認知症のある利用者が少人数で共同生活を送る場所です。制度上は、家庭的な環境のなかで日常生活上の支援や機能訓練を受け、可能な限り自立した生活を送れるようにすることが目的とされています(厚生労働省「介護サービス情報公表システム」)。
ただし、「利用者が少人数だから介護業務が楽だ」となるわけではありません。共同生活である以上、一人の言動や状態が、他の利用者やその場にいる職員へ影響するからです。
5人から9人の利用者が一つの生活空間で暮らしている
認知症グループホームでは、一つの共同生活住居で5人から9人の利用者が、ともに暮らしています。
大きな施設と比べれば、利用者の人数は多くありません。しかし、利用者がそれぞれ別々に生活しているわけではなく、毎日の暮らしを同じ場所で送っています。
少人数であることは、一人ひとりの様子を把握しやすい面がある一方、一人の言動が周囲へ伝わりやすい環境でもあります。
少人数だからこそ、一人の言動が全体へ影響する
一人の利用者の言動が、他の利用者を不快にさせたり不安にさせたり、利用者同士の摩擦につながったりすることがあります。
本人が周囲を困らせようとしているかどうかとは別に、共同生活への影響は実際に生じます。一人への対応に職員の注意が集中すれば、その間も他の利用者の生活は続いています。
認知症グループホームの現場を考えるときは、「少人数で家庭的な施設」という制度上の説明だけでなく、その小さな生活空間で複数の利用者が一緒に暮らす難しさも見なければなりません。
「その人らしさは消えない」とは、私には言えない

介護の世界では、「認知症になっても、その人らしさは消えない」という言葉をよく耳にします。しかし、認知症グループホームで働いている私には、それはきれいごとにしか聞こえません。
「その人らしさ」の現れ方には、その人自身の性格や考え方、生き方、長年の生活習慣、認知症の進行具合など、複数の要素が重なります。そのため、「その人らしさ」がどのように残り、どのように現れるかは、一人ひとり違います。
いつまでもその人の人間性がにじみ出ている人もいれば、一方でその人らしさがどこかへ消えてしまったとしか言いようのない人もいます。
これが、私が介護現場で見てきた現実です。
長年の習慣や気質が残り続ける人もいる
認知症になったあとも、口癖や習慣、好き嫌い、人への気遣いが現れることはあります。
以前の仕事や家庭で担ってきた役割が、何気ない動作として出てくることもあります。持って生まれた気質や、長い生活のなかで定着した考え方や習慣が、本人の記憶や体に残っているのだろうと思える場面があります。
認知症が進んでも、その人の人間性が言葉や行動の端々ににじみ出ている人に接すると、その人がどのような性格で、これまでどのような生活をしてきたのかをうかがい知ることができます。
ただし、これはすべての人に同じように当てはまることではありません。
その人らしさが消えてしまったとしか言えない人もいる
認知症が重くなるにつれて、以前の本人を思わせる言葉や行動が、断片的になったり、一貫しなくなったりする人もいます。
自分がどこにいるのか分からない。今日の日付も季節も分からない。食事をしたことを覚えておらず、家族が面会に来ても、そのことをすぐに忘れてしまう。
過去の記憶が入り交じり、話の内容がまったくかみ合わなくなることもあります。以前の本人を知る家族や職員であっても、どこに「その人らしさ」が残っているのか分からなくなることがあります。
以前の習慣が一瞬だけ現れることはあっても、それを拾い上げて「その人らしさは残っている」と結論づけてよいのか、私は疑問に思います。
実際の現場には、その人らしさがどこかへ消えてしまったとしか言いようのない人もいるのです。
「認知症になっても、その人らしさは消えない」という言葉は、少なくとも私が見てきた現実を正しく表していません。
「その人らしさ」は介護する側が作った人物像かもしれない
「その人らしさ」を判断しているのは、多くの場合、本人ではなく周囲にいる家族や介護職です。
認知症介護研究・研修センターの専門家による解説でも、「その人らしさ」という言葉が、周囲の人が持つ本人像の押しつけになっていないかという疑問が示されています。
家族や職員が覚えている以前の本人と、現在目の前にいる本人の状態が同じとは限りません。それでも、過去の習慣や性格の一部を拾い、「これがこの人らしさだ」と介護する側が決めている可能性があります。
いつまでも人間性がにじみ出ている人もいれば、その人らしさが完全に消えてしまったとしか思えない人もいる。
その現れ方は一人ひとり違います。その違いを無視して、「その人らしさは消えない」と全員を一つの言葉でまとめることに、私は大いなる違和感を持っています。
「モンスター」「頓珍漢」としか言えない現実がある

認知症グループホームの現場には、「対応が難しい」という言葉だけでは表せない利用者がいます。
「モンスター」、「頓珍漢な人」というような言葉を使わなければ伝えられないほどの利用者がいる現実が、そこにあるのです。
利用者全体をこの言葉で呼ぶわけではありません。利用者を軽蔑したり、侮辱したりするためでもありません。介護職が実際に何へ対応し、どれほど現場が振り回されるのかを、きれいな言葉で隠さずに伝えるためです。
一人への対応だけで現場全体が振り回される
たった一人でも、その人が「モンスター」としか言いようのない状態なら、それだけで現場全体が大変になります。
こちらの話を理解できない。説明しても伝わらない。何を言っても話がかみ合わない。それでも、職員はその人への対応を途中で投げ出すことはできません。
一人への対応に多くの時間を取られている間も、他の利用者の生活は続いています。食事、排泄、入浴など、それぞれに必要な介助があります。
一人に対応しているからといって、他の利用者への介護を止めることはできません。だからこそ、たった一人の状態が、その時間帯の現場全体を左右します。
複数人の話が同時にかみ合わなくなる
一人や二人だけで、程度も軽ければ、まだ対応できることがあります。
しかし、三人、四人と同時に話がかみ合わなくなり、それぞれが自分の訴えを続ければ、職員の負担は一気に大きくなります。
一人へ説明している途中で、別の利用者への対応が必要になる。その人に対応している間にも、最初の利用者との話は元へ戻ってしまう。何度説明しても同じところを繰り返し、話が前へ進まない。
私は、このような状態を「頓珍漢」としか表現できないことがあります。
もちろん、利用者一人ひとりが同じ状態になるわけではありません。しかし、話のかみ合わない利用者への対応が重なったときの大変さは、「少人数で家庭的な施設」という言葉からは見えてきません。
本人に悪意がなくても、周囲への影響はなくならない
利用者本人には、職員や他の利用者を困らせようというつもりはないのだと思います。少なくとも、私が現場で接している限り、悪意から行っているようには見えません。
しかし、悪意がないことと、周囲へ影響が出ないことは別です。
自分のことで精いっぱいになり、他人への気遣いができなくなる。自分の要求を繰り返し、他の利用者を不快にさせる。そこから利用者同士の摩擦が起きることもあります。
本人に悪意がないからといって、他の利用者が感じた不快感が消えるわけではありません。対応する職員の負担が軽くなるわけでもありません。
それらをすべて含めて、「モンスター」「頓珍漢」としか言えない現実が、認知症グループホームにはあります。
介護職でも、イライラし、腹が立つ

介護職も人間です。
利用者の話があまりにも頓珍漢で、こちらが何度説明しても理解してもらえないときには、イライラすることがあります。腹が立つこともあります。
一人への対応であれば、まだ気持ちを立て直せるかもしれません。しかし、複数の利用者への対応が同時に重なれば、職員の感情にも余裕がなくなっていきます。
介護職なら、どのような状況でも穏やかでいられるはずだという前提では、現場で起きていることを説明できません。
何度説明しても伝わらない状況は職員を疲弊させる
認知症の利用者へ説明するとき、職員が言葉を選び、ゆっくり話したとしても、必ず理解してもらえるわけではありません。
説明した直後に同じことを尋ねられる。本人が納得したように見えても、すぐに話が元へ戻る。こちらの説明とは関係のない返事が続き、会話そのものが成立しないこともあります。
それが一度や二度ではなく、勤務中に何度も繰り返されます。
さらに、別の利用者からも同時に呼ばれれば、一人の話を最後まで聞くことさえ難しくなります。食事や排泄など、時間をずらせない介助もあります。
職員は、いくら疲れていても、その場から自由に離れることはできません。そのような状態が続けば、イライラしたり腹が立ったりするのは、特別なことではないと私は思います。
感情を抑えられず、強い言葉や荒い介助につながることがある
多くの職員は、腹が立っても感情を抑えながら働いています。
しかし、ごく少数ではあるものの、感情を抑えられず、利用者へ相当ひどい言葉を返したり、介助の仕方が荒くなったりする職員がいるのも事実です。これは、私が働く現場で実際に見てきたことです。
もちろん、職員が疲れているからといって、強い言葉や荒い介助が許されるわけではありません。ただ、「介護職としての自覚が足りない」という一言だけで終わらせても、なぜそのような状態になったのかは見えてきません。
厚生労働省が公表した令和6年度の調査では、養介護施設従事者等による虐待と判断された事例について、発生要因として「職員のストレスや感情コントロールの問題」が62.5%挙げられています。
これは、介護職全体の62.5%が感情を制御できないという意味ではありません。虐待と判断された事例の発生要因を施設側が複数回答で挙げた結果です。
それでも、職員の感情を単なる個人の資質として片づけられないことは、この数字からも分かります。
感情が存在しないふりをしても問題は解決しない
「介護職なのだから、利用者に腹を立ててはいけない」と言うだけなら簡単です。
しかし、イライラや怒りを口にすること自体を許さない職場では、職員は自分の感情を隠すようになります。隠したからといって、感情そのものがなくなるわけではありません。
限界に近づいている職員が相談できなければ、強い言葉や荒い介助として突然表れる可能性があります。
厚生労働省の同じ調査では、虐待の発生要因として、組織風土や職員間の関係、管理体制などの問題も61.9%挙げられています。
感情を制御する責任は、最終的には利用者へ接する職員にあります。しかし、その職員がどのような人数配置で働き、困ったときに相談できるのか、管理者が現場を把握しているのかという問題を切り離すことはできません。
介護職にも、イライラや怒りはあります。
必要なのは、その感情が存在しないふりをすることではありません。感情が強い言葉や荒い介助へ向かう前に、職員が率直に話し、助けを求められる体制です。
感情の問題を職員個人の責任だけにはできない

利用者に強い言葉を返したり、介助の仕方が荒くなったりしたとき、実際にその行為をした職員の責任はなくなりません。
しかし、それを職員一人の性格や資質だけの問題として終わらせれば、その職員がどのような体制で働いていたのかが見えなくなります。
人員配置はどうだったのか。困ったときに相談できたのか。認知症への対応について学ぶ機会があったのか。管理者や経営側は、現場で何が起きているのかを知っていたのか。
職員の感情は、本人の努力だけでなく、職場の体制や経営のあり方にも左右されます。
職員教育も心のケアもほとんどない職場がある
私が働いている施設では、職員に対する十分な教育も、職員の心を支える仕組みも、ほとんどないと感じています。
認知症の利用者へどのように対応するか。利用者同士の摩擦が起きたときにどうするか。職員が怒りを抑えられなくなりそうなとき、誰に相談するのか。
そのような問題に対して、現場で実際に役立つ教育や支援が十分に行われているとは、私には思えません。
指定認知症対応型共同生活介護の運営基準では、事業者に対して、従業者の資質向上のために研修の機会を確保することが求められています。
ただし、研修の予定が組まれていれば、それだけで十分とは限りません。
厚生労働省の調査では、虐待が確認された施設の81.9%が、虐待防止に関する研修を実施していました。
この結果からも、研修を行ったという形式だけでは、現場の問題を防げない場合があると分かります。
職員が本当に困っている場面を取り上げ、具体的な対応を一緒に考えることが必要です。疲れや怒りを口にした職員を責めるのではなく、限界へ達する前に支える仕組みも必要です。
少なくとも私の職場では、そのような教育や心のケアは、ほとんどないのが現状です。
本部が現場を見なければ、経営側には実情が伝わらない
少なくとも私が把握している範囲では、事業所の本部の人が施設の現場を見に来たことは一度もありません。
書類や報告だけで、現場の状況をすべて把握することはできません。
複数の利用者への対応が重なったとき、職員がどれほど追い詰められるのか。一人の利用者へ職員の注意が集中したとき、他の利用者への介護がどうなるのか。職員同士が、どれほどぎりぎりの状態で助け合っているのか。
実際の現場を見なければ分からないことがあります。
本部が現場へ来ない以上、経営側が日々の実情をどこまで理解しているのか、私には分かりません。
ただ、現場を一度も見ずに、職員の人数や経費、施設の運営方針を決めているのだとすれば、その判断が現場の実情から離れていくのは当然だと思います。
福祉より利益を優先しているように見える理由
私が働く施設の経営者について、私は「福祉事業を営利目的でしか考えていないのではないか」と思っています。
経営者の内心を証明できるわけではありません。これは、現場で働く介護職としての私の評価です。
それでも、そのように考えるのには理由があります。
本部の人が現場を見に来ない。職員教育が十分ではない。職員が精神的に疲れても、それを支える仕組みがない。不十分な体制と環境のなかで働く職員に、現場を維持する責任が負わされている。
このような状態が続いているにもかかわらず、改善の動きが見えなければ、「利用者への介護や職員の状態よりも、利益を残すことが優先されている」と考えざるを得ません。
介護事業にも経営は必要です。利益がなければ、事業を続けることはできません。
しかし、必要な職員体制、教育、相談体制が十分でないまま、現場を見ずに運営を続けることを、私は福祉とは呼べません。
私は、他の事業所で働く人からも、自分の職場の労働条件や環境に対する同じような不満を聞くことがあります。反対に、「自分の職場の体制や労働環境に満足している」という声は、ほとんど聞いたことがありません。
これは、私が話を聞いた範囲での経験であり、介護事業所全体を調査した結果ではありません。
それでも、私の職場だけに起きている特殊な問題だとは思えないのが、介護職としての率直な印象です。
不十分な体制でも、真面目な職員が現場を支えている
このような職場でも、多くの職員は、利用者の生活を止めないために働いています。
限られた体制のなかでも、食事や排泄の介助を放置することはできません。話が頓珍漢な利用者が何人も重なっても、誰かが対応しなければなりません。
職員教育や心のケアが十分でなくても、多くの職員は、それまでの経験と職員同士の助け合いによって現場を支えています。
その奮闘によって日々の介護が続いているため、経営側からは、現在の体制でも施設が問題なく動いているように見えるのかもしれません。
しかし、実際には、真面目な職員が不足している部分を引き受け、何とか現場を持たせているだけです。
問題が表面化してから、その職員だけを責めても遅いのです。
不十分な体制を職員個人の責任感で埋め続ける働き方には、限界があります。
介護職を目指す人に、働く前に確認してほしいこと

認知症グループホームで働くことを考えている人には、現場の現実を知ったうえで職場を選んでほしいと思います。
利用者の生活を支える仕事には、実際に働かなければ分からない経験があります。一方で、認知症の利用者との会話がかみ合わず、一人や複数の利用者への対応に振り回される日もあります。
そのような状況で職員を支えられるかどうかは、施設の体制によって大きく変わります。
働き始めてから「想像していた介護とは違った」と気づく前に、できる限り現場を見て、具体的な情報を確かめることが必要です。
理念や「アットホーム」という言葉だけで選ばない
認知症グループホームの求人では、「家庭的な雰囲気」「アットホームな職場」「利用者に寄り添う介護」といった言葉を目にすることがあります。
グループホームが少人数の共同生活の場であることは事実です。しかし、少人数であることと、職員が余裕を持って働けることは同じではありません。
一人の利用者への対応に時間を取られても、他の利用者への介護は続きます。複数の利用者の話が同時にかみ合わなくなれば、家庭的な雰囲気という言葉からは想像できない状態になります。
施設の理念も大切ですが、その理念が現場で実行できる体制になっているかを確認しなければなりません。
可能であれば、応募前や面接時に施設内を見学し、利用者の様子だけでなく、働いている職員の表情や言葉遣いも見てください。
職員が慌ただしく動き続けていないか。利用者へ強い口調で接していないか。職員同士が声を掛け合っているか。管理者が現場の状況を把握しているか。
求人票や施設のウェブサイトに書かれた言葉よりも、実際の現場に、その職場の状態が表れます。
研修、相談体制、退職者数、夜勤体制を確認する
面接では、仕事内容や給与だけでなく、次の点を具体的に確認してほしいと思います。
- 認知症介護について、どのような研修が行われているか
- 利用者への対応に困ったとき、誰へ相談できるか
- 職員同士で事例を振り返る機会があるか
- 入職後、独り立ちするまでどのような指導を受けられるか
- 過去一年ほどで何人が入職し、何人が退職したか
- 夜勤は何人体制で、何人の利用者を担当するのか
- 急変や事故が起きたとき、管理者などへ連絡できるか
- 欠勤者が出たとき、どのように人員を補うのか
「研修制度があります」という回答だけでは、実際の内容までは分かりません。
研修の回数、扱う内容、勤務時間内に受けられるのかまで尋ねる必要があります。研修の記録があっても、職員が現場で困っている問題を扱っていなければ、実際の支えにならないことがあるからです。
相談体制についても、「管理者へ相談できます」という説明だけでなく、管理者が普段から現場にいるのか、夜勤中にも連絡できるのかを確認したほうがよいでしょう。
退職者数を尋ねても、詳しく答えてもらえない場合があります。しかし、質問への答え方も判断材料になります。人数を説明するのか、退職理由についてどのように捉えているのか、質問そのものを嫌がるのかを見てください。
夜勤については、配置人数だけでなく、休憩を実際に取れるのか、一人で判断できない事態が起きたときに誰へ連絡するのかが重要です。
認知症グループホームの管理者は、原則として認知症介護の経験が3年以上あり、所定の研修を修了した者であることが運営基準で求められています。
ただし、実務経験や研修歴があることと、現場の職員を支えられることは別です。管理者が職員の話を聞き、問題が起きたときに一緒に対応する人かどうかを見なければなりません。
家族も職員体制や外部評価を確認できる
親の入居先として認知症グループホームを探している家族にも、施設の雰囲気だけで決めてほしくありません。
見学時に施設が静かで、利用者が穏やかに見えても、それだけでは日常の介護体制までは分かりません。見学した時間帯と、食事前後や夜間の状態が同じとは限らないからです。
厚生労働省の「介護サービス情報公表システム」では、施設の基本情報だけでなく、職員数、資格、研修、職員の勤務状況、利用者や家族からの意見への対応、外部評価などを確認できます。
公表されている情報を見たうえで、施設へ次のような質問をすると、実際の体制を確かめやすくなります。
- 夜間は何人の職員が勤務しているか
- 職員が急に休んだ場合は誰が補うのか
- 利用者同士の摩擦が起きたとき、どのように対応するか
- 家族からの相談や苦情を誰が受けるのか
- 外部評価で指摘された点をどのように改善したか
- 職員の入れ替わりが多くないか
公表されている数字だけで、介護の質をすべて判断することはできません。職員数が基準を満たしていても、実際の勤務時間帯によって人数は変わります。
それでも、理念や建物のきれいさだけを見るより、具体的な情報を比較したほうが、その施設の実情に近づけます。
介護職を目指す人も、親の入居先を探す家族も、「アットホーム」という言葉の奥にある職員体制まで確認することが必要です。
認知症グループホームで働くことに関するFAQ
Q:認知症グループホームでは、介護職はどのような仕事をしますか?
A:一つの共同生活住居で5人から9人の利用者が暮らし、介護職は食事、排泄、入浴などの介助を含め、共同生活に必要な日常生活上の支援を行います。少人数でも、一人への対応中に他の利用者への介護が止まるわけではありません。
Q:認知症になっても、その人らしさは残りますか?
A:長年の習慣や気質が残り続ける人もいれば、どこかへ消えてしまったとしか言えない人もいます。全員から必ず消えるとも、全員に必ず残るとも言えず、現れ方は一人ひとり違います。
Q:認知症グループホームの仕事はきついですか?
A:利用者の状態や職員体制によって異なりますが、きつい場面はあります。何度説明しても伝わらず、複数の利用者への対応が重なれば、職員がイライラしたり腹が立ったりすることもあります。
Q:なぜ「モンスター」「頓珍漢」と表現するのですか?
A:利用者全体をその言葉で呼び、軽蔑したり侮辱したりするためではありません。一人への対応で現場全体が振り回され、説明しても話がまったく通じない現実を、整えられた言葉で隠さずに伝えるためです。
Q:認知症グループホームへ就職する前に何を確認すればよいですか?
A:研修の内容、相談体制、退職者数、夜勤の人数、緊急時の連絡体制を確認してください。家族が入居先を探す場合は、「介護サービス情報公表システム」で職員体制、研修、勤務状況、外部評価などを確認できます。
まとめ|誰もが「モンスター」「頓珍漢」になる可能性がある

「認知症になっても、その人らしさは消えない」と、すべての人を一つの言葉でまとめることはできません。残り続ける人と、消えてしまったとしか言えない人の両方がいることが、私の見てきた現実です。
- 認知症グループホームは少人数の共同生活の場であり、一人の状態が他の利用者や職員へ影響します。
- 「その人らしさ」の現れ方は一人ひとり異なり、全員に必ず残るとは言えません。
- 現場には、「モンスター」「頓珍漢」としか表現できないほど、一人または複数人への対応に振り回される状況があります。
- 利用者本人に悪意がなくても、他の利用者の不快感や職員の負担はなくなりません。
- 職員のイライラや怒りを個人の資質だけで片づけず、教育、相談体制、管理体制も見なければなりません。
- 介護職を目指す人や入居先を探す家族は、「アットホーム」という言葉だけでなく、研修、夜勤体制、職員の入れ替わり、外部評価を確認する必要があります。
政府広報オンラインの認知症に関する基礎知識でも、認知症は誰にでも起こり得るとされています。今は介護する側にいる私も、いつか「モンスター」「頓珍漢」としか表現できない状態になる可能性があると思っています。
誰もが必ずそうなるという意味ではありません。しかし、誰にとっても無関係な話ではない。これが、「その人らしさは消えない」という言葉よりも私が伝えたい、認知症グループホームの現実です。
