
認知症グループホームでは、利用者から「家に帰りたい」と繰り返し訴えられることがあります。
私の勤務経験では、こうした訴えは午後から夕方にかけて多くなります。その表れ方はさまざまで、怒り出す人、泣き出す人、出口を探して歩き回る人、暴力的な行動を取る人もいます。
私は、まず理由を尋ね、話を聴き、ときには一緒に歩きます。しかし、それで落ち着く人ばかりではありません。何をしても訴えが収まらないこともあれば、ほかの利用者への対応があるため、一人だけに十分な時間をかけられないこともあります。
●この記事でわかること
- 「家に帰りたい」という訴えが多くなる時間帯と、考えられる背景
- 利用者によって異なる訴え方や行動の表れ方
- 私が現場で実際に行っている声かけや対応
- うまく対応できなかった経験と、人手や時間に限りがある現場の現実
この記事は、一つの正解を示すものではありません。私がどのように利用者と向き合っているのかを、介護現場の一例としてお伝えします。
「家に帰りたい」という訴えは夕方に多くなる

午後3時頃から暗くなるまでに始まることが多い
私の勤務するグループホームでは、「家に帰りたい」という訴えは、午後3時頃から外が暗くなるまでの間に始まることが圧倒的に多いと感じます。
訴えがいつまで続くかは、その人やその日の状況によって違います。外が暗くなると収まることもあれば、眠るまで続くこともあります。
世間話をしたり、本を読んだり、テレビを見たりしているうちに、帰りたいという思いを忘れる人もいます。しかし、何をしても訴えが収まらないこともあります。
夕暮れ症候群だけでは説明できない場合もある
認知症のある人に、夕方から夜にかけて混乱や不安、落ち着かなさなどが強く現れる状態は「夕暮れ症候群」と呼ばれています。
ただし、夕方に起こる行動を、すべて夕暮れ症候群として片付けることはできません。
痛み、空腹、排泄、疲れ、周囲の騒がしさなどが影響している可能性もあります。急に普段と違う様子が現れた場合には、体調の変化も考える必要があります。
それでも、傍から見ているだけでは、はっきりしたきっかけが分からないことがほとんどです。
私は利用者の行動や表情、普段話していることを見ていると、多くの人が心のどこかに「家へ帰りたい」という思いを持ち続けているのではないかと感じます。
もちろん、これは利用者本人から確認できた事実ではなく、私が現場で感じていることです。その思いが、何かをきっかけに突然表へ出てくるのではないかと考えています。
家族や昔の暮らしの話がきっかけになることもある
ほかの利用者が家族の話をしていたり、自宅のことを心配していたり、昔の暮らしについて話していたりすると、それを聞いた人が突然「私も家に帰る」と言い出すことがあります。
本人に昔の記憶がよみがえったのか、家族のことが心配になったのか、それとも自分だけが取り残されたように感じたのか、正確なことは分かりません。
きっかけが分かる場合もありますが、分からない場合もあります。何でも理由を突き止められると思わないことも、現場では必要です。
同じ「家に帰りたい」でも、思い方と行動は人それぞれ違う

自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか分からない
「家に帰りたい」と言っている人が、全員同じことを考えているわけではありません。
自分が今いる場所を理解できていない人がいます。自宅や知っている場所ではないと分かっていても、なぜそこにいるのか理解できない人もいます。
職員から見れば、その人は生活している施設にいます。しかし、本人にとっては、理由も分からないまま見知らぬ場所に連れてこられたように感じられているのかもしれません。
また、「家」が現在の自宅を意味しているとも限りません。若い頃に暮らしていた家や、親と暮らしていた場所など、本人にとって安心できた過去の場所を指している場合もあります。
家族に迎えに来てもらえない不安を抱く人もいる
「家族が迎えに来てくれるはずなのに、なぜ来ないのか」と訴える人もいます。
待っても家族が現れなければ、「自分は家族に捨てられたのではないか」と不安になる人もいます。
実際には家族と連絡を取っていたとしても、そのことを忘れてしまう場合があります。職員が事情を説明しても、一度は理解したように見えた直後に、再び同じ不安を訴えることもあります。
その人にとっては、毎回同じ不安を初めて経験しているのかもしれません。
外を見続ける人、出口を探す人、怒る人、泣く人もいる
帰りたいという思いの表れ方は、本当にさまざまです。
自分の席に座ったまま、不安そうに窓の外を見続ける人がいます。立ち上がってホールや廊下を歩き回り、出口を探す人もいます。
出口を見つけて扉を開けようとする人もいれば、出口が分からず職員に尋ねる人もいます。
比較的冷静に話せる人がいる一方で、激しく怒る人、泣き出す人、暴力的な行動を取る人もいます。
暴力的な行動があったという事実を書くことは、その利用者を危険な人物だと決めつけることではありません。しかし、実際にその行動が起これば、本人だけでなく、ほかの利用者や職員の安全も考えなければなりません。
穏やかな言葉へ置き換えるだけでは、現場で起きていることは伝わらないと私は思っています。
私はまず「どうしたの?」と尋ねるようにしている

帰りたい理由や、これからしたいことを聞く
利用者が立ち上がったり、落ち着かない様子を見せたりしたとき、私はその人の行動や状況に応じて声をかけます。
「どうしたの?」
「何か困ったことがある?」
「何がしたい?」
「どこへ行くの?」
最初から「ここがあなたの家です」「帰ることはできません」と説明するのではなく、まず本人が何を考え、何をしようとしているのかを聞くようにしています。
帰ること自体よりも、家族、仕事、食事、戸締まりなど、別のことを心配している場合があるからです。
ただし、質問すれば必ず理由が分かるわけではありません。本人自身も、なぜ帰りたいのか説明できないことがあります。
座って話を聴き、ときには一緒に歩く
落ち着いて話せそうであれば、椅子に座ってもらい、何を心配しているのかを聴きます。
座ることを嫌がったり、歩き続けたりする人には、無理に止めるのではなく、一緒にホールや廊下を歩くこともあります。
歩きながら話しているうちに落ち着く人もいます。帰ることとは別の話題へ移り、いつの間にか帰宅の訴えを忘れる場合もあります。
それでも、「話を聴けば落ち着く」「一緒に歩けば解決する」とは限りません。同じように対応しても、訴えが強くなることがあります。
場所や接する人を変えると落ち着くこともある
普段いる場所から少し離れ、別の生活空間へ移動してもらうこともあります。
普段あまり会わない職員やほかの利用者と話すことで、気持ちが切り替わる場合があるからです。冷静で穏やかなほかの利用者と話しているうちに、落ち着く人もいます。
ただし、ほかの利用者へ対応を任せるわけではありません。相手となる利用者の負担や、その場の人間関係も見ながら判断する必要があります。
場所や接する人を変える方法も、すべての人に通用するものではありません。
どのように対応しても、訴えが収まらないことはある

同じ対応でも、落ち着く人と落ち着かない人がいる
世間話、本、テレビ、散歩、飲み物、場所の変更など、気持ちを切り替える方法はいくつもあります。
しかし、ある人にうまくいった対応が、別の人にも通用するとは限りません。同じ人であっても、昨日は落ち着いた方法が、今日はまったく通用しないことがあります。
認知症介護の成功事例では、帰りたい理由を確認する、日中の活動を整える、落ち着ける場所をつくるといった取り組みが行われています。
ただし、これは選ばれた成功事例で使われた方法です。その対応をすれば、誰でも必ず落ち着くという意味ではありません。
何度説明しても理解できず、同じ訴えを繰り返す人もいる
職員が何度説明しても理解できない人はいます。
一度は理解したように見えても、すぐに忘れて「家に帰る」と同じ訴えを繰り返す人もいます。
これは、言葉を柔らかくして「説明が届きにくい」と書けば済む話ではありません。現場では、同じ説明を何度繰り返しても、その場の理解につながらないことがあります。
だからといって、本人が職員を困らせるために繰り返しているわけではありません。本人にとっては、その都度、本当に帰らなければならない理由があるのでしょう。
説明を続けるのか、話題を変えるのか、一緒に歩くのか、少し距離を置いて様子を見るのか。その場で対応を選び直す必要があります。
私が感情的になり、相手をさらに怒らせたこともあった
介護職としての経験が浅かった頃、何度説明しても同じ訴えを繰り返す利用者に対して、私自身が少し感情的になったことがあります。
私としては理解してもらおうとしていたのだと思います。しかし、結果として相手をさらに怒らせ、不安を強くしただけでした。
職員の焦りや苛立ちは、声の調子や表情、態度に出ます。利用者が説明の内容を理解できなくても、職員が自分に対して穏やかではないことは感じ取る場合があります。
この経験から、説明を重ねればよいわけではないことと、自分が感情的になっているときほど、一度対応を変える必要があると学びました。
一人の利用者だけに時間を使えないのが現場の実情である

夕方以降は、ゆっくり話を聴けない時間帯がある
「本人が納得するまで、ゆっくり話を聴けばよい」と言うことはできます。
しかし、現場では、その時間を十分に取れないことがあります。
私の勤務先には、夕方以降、職員一人で複数の利用者へ対応する時間帯があります。その時間にも、食事、服薬、排泄、着替え、就寝の介助などが続きます。
一人が「家に帰りたい」と訴えて歩き回っていても、その人だけに付き添い続けることはできません。
本人の思いを尊重したい気持ちはあります。それでも、ほかの利用者への介助を止めるわけにはいかないのが実情です。
ほかの利用者も、職員の対応を必要としている
特定の利用者に長く付き添っていると、ほかの利用者が職員の様子をじっと見ていることがあります。
「自分のことは構ってくれないのか」と言いたげな表情に、私には見えることもあります。それが本当に嫉妬なのかは分かりませんが、その人も職員との関わりを必要としていることはあります。
帰宅の訴えが強い人だけが、その場で困っているとは限りません。
表面上は静かに座っている人にも、排泄や体調の確認が必要です。言葉で訴えることが難しい人ほど、職員が様子を見なければなりません。
誰か一人へ丁寧に対応することが、別の誰かを待たせることになる。この難しさは、現場から切り離せません。
周囲の状況に関係なく行動する人も予測しなければならない
認知症が進んだ人のなかには、周囲の状況やほかの利用者の都合に関係なく、自分がしたいと思ったことを、そのまま行動に移す人もいます。
ほかの人を介助している間に立ち上がる、扉を開けようとする、別の利用者の場所へ入るといった行動が突然起こることもあります。
これは、その人の人格全体を「自分勝手な人」と決めつける話ではありません。しかし、現に起きる行動として見なければ、転倒や利用者同士のトラブルを防ぐことはできません。
本人の尊厳を守ることと、起きていることを曖昧な言葉で隠すことは同じではないと、私は考えています。
「寄り添えば解決する」ほど、認知症ケアは単純ではない

理想的な対応ができない自分を正当化するつもりはない
人手や時間が足りないから仕方がないと言って、自分の対応をすべて正当化するつもりはありません。
もっと話を聴けたのではないか。別の声のかけ方があったのではないか。感情的にならずに済む方法があったのではないか。
勤務を終えた後に、そう考えることはあります。
現場が忙しいことは事実ですが、それだけで不適切な対応まで許されるわけではありません。
それでも、一つの対応ですべて解決できるとは思わない
一方で、「本人に寄り添えば解決する」と言うだけでは、現場の現実を説明できません。
話を聴いても、一緒に歩いても、場所を変えても、何をしても訴えが収まらないことはあります。
職員の対応が悪かったから収まらないとは限りません。うまくいかなかったときに、すべてを職員個人の技術や思いやりの不足として扱うことにも無理があります。
認知症の状態、その日の体調、周囲の環境、人間関係、過去の記憶など、さまざまなことが関係しています。
その人を見ながら対応を変え、職員間で共有していく
大切なのは、一つの対応へ固執しないことだと思います。
どの時間帯に訴えが起こったのか。直前に何があったのか。誰と何を話していたのか。どの対応で落ち着いたのか。何をすると怒りや不安が強くなったのか。
その場で分かったことを、ほかの職員と共有します。
それでも、次回同じ方法が通用する保証はありません。しかし、何も記録せず、毎回その場にいる職員だけで対応するより、その人に合う方法を探しやすくなります。
帰宅の訴えを完全になくすことだけを目標にするのではなく、そのときの本人の不安と、周囲の安全の両方を見ながら対応を変えていく。それが、現在の私なりの向き合い方です。
よくある質問
Q:認知症の人が「家に帰りたい」と言うのはなぜですか?
A:理由は一つではありません。自分がどこにいるのか分からない、なぜそこにいるのか理解できない、家族が迎えに来ないことを不安に思っているなど、人によって違います。「家」が現在の住居ではなく、昔暮らした場所や安心できる場所を意味している場合もあります。
Q:「家に帰りたい」と言われたら、何と答えればよいですか?
A:決まった言葉で必ず落ち着くわけではありません。まず「どこへ行きたいのか」「何をしたいのか」など、帰りたい理由や目的を尋ねることが対応の一つになります。ただし、質問しても理由が分からないことや、何をしても訴えが収まらないことはあります。
Q:夕方に「家に帰りたい」という訴えが増えるのは、夕暮れ症候群ですか?
A:認知症のある人に、夕方から夜にかけて混乱や不安、落ち着かなさが強く現れる状態は「夕暮れ症候群」と呼ばれています。ただし、夕方の訴えがすべて夕暮れ症候群によるとは限りません。痛み、空腹、排泄など、別の理由がないかも考える必要があります。
Q:何度説明しても「家に帰りたい」と繰り返すときはどうすればよいですか?
A:説明によって一度は納得しても、すぐに忘れて同じ訴えを繰り返す人もいます。説明を続けるだけでなく、話を聴く、一緒に歩く、別の活動へつなげる、場所や接する人を変えるなど、本人の状態を見ながら対応を変える方法があります。ただし、どの対応も必ず効くわけではありません。
まとめ|帰宅の訴えには、その人を見ながら向き合い続ける

「家に帰りたい」と訴える理由や、その後に取る行動は人によって違います。
- 帰宅の訴えは、私の勤務経験では午後から夕方に多く見られる
- 怒る、泣く、歩き回る、出口を探す、暴力的になる人もいる
- 私は、まず理由を尋ね、話を聴き、ときには一緒に歩く
- 場所や接する人を変えることで落ち着く場合もある
- 何をしても訴えが収まらないことや、説明を理解できないこともある
- 一人の利用者だけに十分な時間を使えないのが、介護現場の実情である
「本人の思いに寄り添う」と言うだけで、すべてが解決するわけではありません。一方で、人手が足りないことを理由に、どのような対応をしても仕方がないと片付けることもできません。
一つの正解を探すのではなく、どの時間帯に訴えが起きたのか、直前に何があったのか、どの対応で落ち着いたのか、何をすると怒りや不安が強くなったのかを見ていく必要があります。
分かったことを職員間や関係者間で共有し、その人の状態に合わせて対応を変え続ける。それが、現在の私なりの向き合い方です。
