
親の介護を考えるとき、何を心に留めておけばよいのでしょうか。介護職として働く私も、母がそれまでできていたことをできなくなっていく姿を目の前で見ました。介護の方法を知っていることと、親の変化に向き合うことは別でした。
母は2020年に二度の脳梗塞を経験し、その後、発語が不自由になりました。母がどんな介護を望み、お金についてどう考えていたのか。私は、母と大事なことを話し合えないまま介護をすることになりました。
今振り返って伝えたいのは、親の衰えを目の前にする心の準備と、話せるうちに話しにくいことも話しておく大切さです。母を老健へ預ける判断をしたあとも、罪悪感や、看取り後の後悔は残りました。
●この記事でわかること
- 親ができていたことをできなくなる姿に、どう向き合おうと考えるか
- 親と話せるうちに、介護の希望やお金について確認したい理由
- 介護が始まってから、日常の変化と家族が担える範囲をどう見るか
- 相談先や施設入所を選択肢として考えるときの、私自身の経験と後悔
この記事では、私が実際にしたことと、後から準備しておきたかったと思うことを分けて、七つの視点から整理します。
準備1|衰えていく親を目の前にする

親が年を取り、これまで自分でできていたことが難しくなっていく。その変化を目の前で見るのは、介護の方法を知っていることとは別の経験です。
母は2020年に二度脳梗塞を経験しました。その後、発語が不自由になり、母と会話を成り立たせることや、意思を確かめることができなくなりました。これからの介護をどうしてほしいか、お金についてどう考えているか。そうした大事なことを、母に直接聞けない状態になっていました。
2025年の初めに母が転倒してからは、暮らしの中で手助けが必要な場面も増えました。以前はできていた食事やトイレのことにも介助が必要になり、私はその変化を近くで見ていました。
元気だった親が衰え、当たり前にできていたことができなくなる。これから親の介護に向き合う人には、そういう姿を見るかもしれないという心の準備をしておいた方がいいと、私は思います。私自身、十分な準備をしてから母の介護を始めたわけではありません。
ここでいう準備は、衰え方を予測しておくことではありません。母に起きた変化だけを見ても、会話が難しくなったことと、日々の介助が増えたことは、同じ日に一度に起きたわけではありませんでした。親の今の姿を見て、できていることと難しくなったことの両方に目を向ける。そのための心構えです。
話せるうちにしておきたい二つの準備

私が母の介護を振り返って、もっと早くしておくべきだったと思うのは、母との話し合いです。母が元気な頃、将来どんな介護を受けたいか、お金をどうするかについて、話していませんでした。発語が不自由になってからでは、母の意向を確かめられない状態でした。
準備2|望む介護や暮らし方を聞く
母は介護が必要になったとき、どこで、どのように暮らしたかったのか。人に手伝ってもらうことをどう考えていたのか。私はその希望を、母から確かめることができませんでした。
在宅での介護を続けるか、施設を考えるかという判断が必要になっても、「母はこうしてほしいと言っていた」と言える言葉はありませんでした。今も、母がどう望んでいたかは分かりません。
厚生労働省の親が元気なうちから把握しておくべきことを扱う資料にも、介護が必要になった場合の暮らし方などを、親と話すための項目があります。最初から答えが決まっていなくても、今はどう思っているかを聞くことはできます。
医療やケアについて望むことを前もって話し合う考え方は、厚生労働省の「人生会議」の案内でも紹介されています。話し合った内容は、気持ちが変わればまた話せます。私が母と事前にできなかったのは、将来の介護について話すことでした。
準備3|お金の話も先延ばしにしない
介護の希望と同じように、母のお金についても、話せるうちに聞いておけばよかったと思います。普段の生活費をどう賄っているか、介護が必要になったときの支払いをどう考えるか。親子でも切り出しにくい話ですが、母と話せなくなってからでは、母自身の考えを確認できませんでした。
厚生労働省は、親が元気なうちから把握しておくべきことのチェックリストを公開しています。まず、親がどのように生活費を賄い、介護に必要な支払いをどう考えているか、話せる範囲から聞いておく。これはお金の管理を家族が勝手に決めるという話ではなく、介護に必要な支払いを考えるときに、何を知らないのかを確かめるための準備です。
私は母の介護が始まる前に、こうした話を済ませていたわけではありません。準備として書いているのは、振り返った今、話せる時期を逃したくなかったという思いからです。
介護が始まってから考える二つの準備

親と話していても、実際の介護がそのとおりに進むとは限りません。母の場合、毎日の暮らしの中で必要な手助けが変わり、家族の負担も変わっていきました。
準備4|「できること」の変化を見る
2025年の初め、母が転倒してから、私は以前との違いを感じるようになりました。食事を一人で取ることが難しくなり、自分からトイレに行かなくなって失禁が増え、転倒も増えました。一つの出来事で生活のすべてが変わったのではなく、介助が必要な場面が重なっていきました。
母がそれまで利用していたデイサービスへ行きたがらなくなった時期もあります。利用できるサービスを知っていても、家族の予定どおりに使えるとは限らないと感じた出来事でした。その後に利用を再開した経過もあるため、ずっと通えなかったわけではありません。
今思うのは、「介護が必要になったか」と大きく捉えるだけでは見落とすことがある、ということです。食事、排泄、移動など、それまで本人がしていたことのどこに手助けが必要になったのか。変化を具体的に見ていくことが、次に誰へ何を相談するかを考える手がかりになります。
準備5|自分と家族が担える範囲を考える
私は介護職ですが、自宅で母を介護していて最も大変だったのは、排泄と清潔を保つための介助でした。仕事では方法を知っていても、家族として毎日の暮らしの中で続ける負担まで消えるわけではありませんでした。
母の介護は主に私が担い、私がいないときには姉が対応しました。最初の頃の通院の送迎を姉がしてくれた時期もあり、その後、買い物や食事の支度、送迎は私が担うことが増えました。姉と明確な役割分担の話し合いをしたわけではありません。
自分が何を続けられるかを考えるときには、介助そのものだけでなく、仕事や自分の生活もあります。私が実際に担った範囲と、姉に頼れた範囲を振り返ると、家族がいるから必ず分担できるとも、一人で全部できるとも言えません。今、誰がどの場面を担っているかを確かめることから始まると思います。
一人で抱え込まないための二つの準備

母の状態が変わるにつれ、在宅で介護を続けるかどうかも考えなければならなくなりました。私は担当のケアマネジャーと姉に母の状況を伝えました。
準備6|家族の外にも相談先を持つ
母を老健へ預けることを具体的に考えたとき、私は担当のケアマネジャーに相談しました。介護職でも、自分の母のこれからを仕事と同じように判断することはできませんでした。姉にも相談しましたが、最終的に決めたのは私です。
まだ担当のケアマネジャーがいない場合に相談先として知っておきたいのが、親の住む地域の地域包括支援センターです。厚生労働省は、地域包括支援センターを、高齢者の総合相談などを担う機関と説明しています。窓口の場所や連絡先は、親が暮らす市区町村で確認できます。
相談できる相手を知っていても、母がデイサービスを嫌がったときのように、利用がすぐに進むとは限りません。それでも、家族の中だけで行き詰まったことを外にも伝えられるようにしておくことは、一つの準備になります。
準備7|施設に頼る選択肢も残す
2025年の初めから、私は施設への入所を考えていました。食事や排泄の介助が増え、転倒も重なっていましたが、すぐには決められませんでした。11月初め頃にようやく具体的に考え始め、12月初めにケアマネジャーへ相談し、母を老健へ預けると決めました。
そのとき、罪悪感だけでなく、安心や申し訳なさ、「仕方がない」という気持ちもありました。今振り返ると、入所した時期を間違えたとは思っていません。それでも罪悪感が消えたわけではありませんし、母を看取った後には、朝の食事介助にもっと時間をかけられなかったことなど、別の後悔も残りました。
母が施設での暮らしをどう考えていたのか、私は確かめられていません。入所を選んだ事実と、母の希望を知っていたかどうかは別です。あのとき私にできた判断を振り返っても、話せるうちに母の希望を聞いておきたかったという思いは残ります。
在宅を続けることにも、施設を考えることにも、迷いはありました。私が実際にしたのは、母の状態と家で続けられる介護を見て、ケアマネジャーに相談し、現実に利用できる選択肢の中で決めることでした。相談して決めたあとも、母がどう思っていたのか、私には分かりません。
よくある質問
Q:親が元気なうちに、まず何を話しておけばよいですか?
A: 私が母と話しておきたかったのは、介護が必要になったときにどのように暮らしたいか、そして介護に必要なお金をどう考えているかです。母は2020年の脳梗塞の後、発語が不自由になり、私は大事なことを聞けなくなりました。最初から全てを決めるより、親が今どう考えているかを聞くことから始められると思います。
Q:すでに親と介護について話し合えない場合は、どうすればよいですか?
A: 私も母の具体的な希望を確認できませんでした。母の考えを分かっていたことにせず、日常生活で実際にできていること・難しくなったことを整理し、家族や担当のケアマネジャーと共有する方法があります。担当者がまだいない場合は、親の住む地域の地域包括支援センターも相談先です。相談しても、本人から聞けなかった希望が分かるわけではありません。
Q:親がデイサービスを嫌がるときは、どう考えればよいですか?
A: 母にも、以前通っていたデイサービスへ行きたがらなくなった時期があり、その後に利用を再開しました。私は母が嫌がった理由を断定できません。本人の様子と家族の負担を担当のケアマネジャーに伝え、そのとき利用できる方法を相談することが一つの考え方です。
Q:施設への入所を考えたら、親の介護を諦めたことになりますか?
A: 私は母の状態が変わる中で長く迷い、ケアマネジャーと姉に相談して老健への入所を決めました。今は入所した時期を間違えたと思っていませんが、罪悪感や看取り後の後悔は残っています。私にとって施設を考えることは、母に必要な支えと、自宅で私が続けられる介護を見直すことでした。
まとめ|親の変化に向き合い、話せるうちに大事な話をする

母の介護を振り返って、私が準備しておきたかったのは、親の衰えを目の前にすることと、話せるうちに大事なことを話すことでした。七つの準備のうち、特に伝えたい点をまとめます。
- 親が今までできていたことをできなくなる姿に、向き合う心の準備をしておく。
- 望む介護や暮らし方だけでなく、お金についても、話せるうちに聞いておく。
- 食事や排泄など、日々の暮らしで必要になった手助けを具体的に見る。
- 自分と家族が担える範囲を考え、行き詰まったことは家族の外にも相談する。
- 在宅で続けることと施設に頼ることを、その時の状態や家族の生活に照らして考える。
私は母に介護の希望を聞けないまま、在宅での介護と老健への入所を経験しました。入所の判断を間違えたとは思っていません。それでも、母に聞いておきたかったことや、もっと時間をかけたかった介助への後悔は今も残っています。親と話せるうちに、話しにくいことも話しておくべきだったと思います。
介護が始まる前に確認したい具体的なことは50代・60代から始める親の介護準備に、私が母を約1年間自宅で介護した経過は要介護3の母を自宅介護した1年に書いています。今の状況に近い記事から読んでいただければと思います。
