
親の最期が近いと感じたとき、どう気持ちを整えればよいのか。今の自分に何ができるのか。親を看取る心の準備について、考えている方もいると思います。
母を見送った私は、看取りを前もって予測し、それに合わせて行動することは難しいと感じています。そのときに最善と思うことができているなら、それでいいと受け止める方がよい。今はそう考えています。
母を老健へ入所させたとき、私は個人的には「まだ2〜3年くらいは大丈夫かな」と思っていました。しかし、2026年4月初め、食事を食べられなくなった母と面会し、最期が近いことを意識しました。仕事で看取りを経験していたため覚悟はできましたが、実感は湧きませんでした。
一方、介護を振り返ると、自宅で母を介護できてよかったという思いと、もっと丁寧にできたのではないかという思いが、どちらもあります。
●この記事でわかること
- 母の最期が近いと感じたきっかけと、当時の受け止め
- 姉や親族への連絡、面会、スタッフに伝えた希望
- 自宅で介護できてよかったことと、今も残る思い
- そのとき最善と思うことができればいいと、私が考える理由
私自身もアラセブで、仕事をしながらの介護には、望んでもできないことがありました。その現実も含めて母の看取りを振り返り、親の最期と向き合うことについて、今の私が思うことをお伝えします。
母の最期が近いと感じた、4月初めの面会

母を老健へ入所させたのは、2025年12月でした。そのときの母の状態を見て、私は「まだ2〜3年くらいは大丈夫かな」と思っていました。あくまで、私個人の見立てによる予測です。
その思いが変わったのは、2026年4月初めでした。施設から、母が3月終わりごろから食事を食べられなくなっていると知らされたのです。
私は施設へ行き、母の様子を見ました。そして、介護スタッフや看護師から、どういう状態なのかを聞きました。目の前の母の姿と説明を、自分が介護の仕事で看取ってきた人たちの最期と照らし合わせました。
「いよいよ本当に最期の時が来たんだな」
そう意識したのを覚えています。そのときには、残された時間は1週間か、長くても10日間程度だろうとも思っていました。これも、母の様子をこれまでの看取り経験と照らし合わせた、私個人の見立てでした。
入所させたときには、まだ年単位で考えていた母との時間が、面会したときには、もう長くはないと感じるものになっていました。私が母の最期を具体的に意識したのは、このときでした。
実感は湧かなくても、覚悟はできた

私は、勤務する認知症グループホームで、実際に数人の最期を目の前で経験していました。その経験があったため、母の状態を知ったときにも、すぐに覚悟ができました。
もちろん、母がもうすぐ亡くなるという実感は湧いてきませんでした。それでも、今どのような状態にあるのかという現実は、冷静に受け止めることができていました。
そのときには、特に気になっていたことや迷いは、既にありませんでした。
母の最期を前に、私がしたこと

姉や親族に連絡し、それぞれが面会へ行った
母の状態を知り、私は姉や近くに住む親族へすぐに連絡しました。それぞれが母との面会に行っています。
姉や親族も、面会の際に母に話しかけたり、手を握ったりしたと聞きました。「話しかけたら返事をしてくれた」とも言っていました。
姉とは、その流れの中で話し合いもしていたと思います。ただ、急なことだったので、具体的にどのような会話をしたのかは覚えていません。
施設との連絡方法について、改めて確認することはしませんでした。私の場合、その必要はありませんでした。実際に行ったことは、身近な家族や親族に母の状態を知らせ、面会につなげることでした。
母の反応を見ながら、スタッフに希望を伝えた
面会した際、私は母に話しかけたり、手を握ったり、肩を叩いたりしました。そうしながら、母がどのような状態なのかを見極めることにも努めていました。
その反応を見て、介護スタッフには「食事など無理にさせなくていい」と伝えました。医師には、延命治療を望まないという自分の希望も伝えていました。
その背景には、父の最期を見た経験があります。母には苦しむ時間をできるだけ長引かせずに逝ってほしい。それが私の考えでした。
医療やケアの方針について、厚生労働省のガイドラインでは、本人の意思を基本に話し合うことが重視されています。意思を確認できない場合も、家族が推定できる本人の意思を尊重し、推定できないときには、本人にとって何が最善かを家族と医療・ケアチームで話し合う考え方が示されています。母と終活や看取りの希望を話し合えなかった経緯と、親に確認しておきたいことは、「親の終活は何から始める?」にまとめています。

自宅で介護できてよかった。それでも残る思いがある

母を見送った今、しておいてよかったと思うのは、自分が自宅で母の介護をしたことです。長い期間とは言えませんが、自分の手で母を介護することができた。そのことは、よかったと思っています。
もっと丁寧に介護できたのではないか
一方で、もっとよい介護の仕方があったのではないか、もっと丁寧に介護できたのではないか、という思いもあります。
「しておけばよかったことはあるか」と聞かれれば、この思いがそれに当たるのかもしれません。自分が母を介護できたことはよかったと思う一方で、もっとよくできたのではないかとも思っています。
アラセブで仕事を続けながら、できないこともあった
私自身もアラセブで、もう若くはありません。母を介護していたときも、仕事を続けながらでした。
もっときちんと介護してあげたいと思っても、できなかったことはいくつもあります。自分の年齢も、仕事をしながら介護していたことも、当時の現実です。
自宅で母を介護していたときの暮らしについては、要介護3の母を約1年間、自宅で介護して分かったことに詳しく書いています。

そのとき最善と思うことができればいいと、私は思う

親を看取る心の準備について考えると、私は、前もって物事を予測して行動することは難しいと思います。母の場合も、入所させたときに考えていた時間と、実際の経過は違いました。
もっとできることがあったのではないかと考え始めれば、私にも思い当たることはあります。ただ、考えすぎることは、自分を追い込むことになり、精神的にもよくないのではないかと思っています。
そのときに最善と思うことができているなら、それでいい。私は、そう割り切る方がよいと考えています。
もっと丁寧にできたのではないかという思いは、今もあります。それでも、そのときに最善と思うことができていたなら、それでよいと受け止める方がよい。仕事をしながら母を介護し、見送った私は、そう考えています。母を看取った後に残った具体的な後悔と、少し救われたことは、「親を看取った後に残った後悔」で詳しく振り返っています。

よくある質問
Q:親を看取る前に、心の準備はできていましたか?
A: 私の場合、母の状態を知り、面会したときに覚悟ができました。仕事で数人の最期を目の前で経験していたことが、その背景にあります。母がもうすぐ亡くなる実感は湧きませんでしたが、現実は冷静に受け止めていました。
Q:看取りを前に、家族として何をしましたか?
A: 姉や近くに住む親族へ連絡し、それぞれが面会に行きました。私も母に話しかけたり、手を握ったりし、スタッフへ食事などを無理にさせなくてよいという希望を伝えました。そのとき、私が実際にしたことです。
Q:本人の希望を確認できないとき、医療やケアの方針はどう考えるのでしょうか?
A: 厚生労働省のガイドラインでは、家族が推定できる本人の意思を尊重することが基本です。推定できない場合には、本人にとって何が最善かを、家族と医療・ケアチームで話し合って検討します。
まとめ|親を看取る心の準備について、今の私が思うこと

母を見送った経験から、私は、看取りを前もって予測し、それに合わせて行動することは難しいと感じています。この記事では、最期を意識したときから、今の受け止めまでを振り返りました。
- 入所時はまだ2〜3年と思っていたが、4月初めの面会で最期が近いと感じた。
- 仕事での看取り経験から覚悟はできたものの、母が亡くなる実感は湧かなかった。
- 姉や親族へ連絡し、母と面会して、スタッフに自分の希望を伝えた。
- 自宅で介護できてよかった思いと、もっと丁寧にできたのではという思いがある。
- 年齢や仕事によってできないこともある中、そのとき最善と思うことができればいいと考えている。
もっとよくできたのではないかという思いは、今もあります。それでも、考えすぎて自分を追い込むより、そのときに最善と思うことができていたなら、それでよいと受け止める。私は、そう考えています。
母が老健へ入所してから亡くなるまでの詳しい経過は、母が老健へ入所して3か月半後に亡くなったときのことにまとめています。最後の面会や、母を見送ったときの受け止めも書いています。

